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  3. 2019.06.19

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第24回)
「諦められていた」部分に斬り込む価値!(TAPP)


いきなりの質問で恐縮ですが、皆さん、丸のままの魚をうまくさばくことはできますか。

「そんなの、できません」という方が過半数ではないでしょうか。スーパーマーケットでは丸のままの魚も売られていますが、やはり切り身などのほうがすんなりと手に取れますしね。

それどころか、たとえ切り身であっても、魚を調理することへの抵抗感が、少なからぬ人にはあるかもしれません。実際、東京・豊洲市場での水産物取扱量は、築地市場の時代よりも減っているという報道もありました。市場移転をめぐる問題など、そこにはさまざまな理由が絡んでいそうだとはいえ、消費者の魚離れを懸念する声が上がっているのも事実。

で、今回のテーマです。1本のナイフがいま、売れに売れているという話。どれくらいヒットしているのか。まずそこからお伝えしますね。

開発から販売まで手がけているのは、北陸・富山にある、言ってはなんですが無名の中小企業です。会社名をTAPP(タップ)といいます。もともと、社長は銅像の原型などを作る仏師であり、そこから釣りに用いるルアーなどを開発した経緯があります。でも、ナイフの開発は完全に初めてのことでした。ゼロからの企画立案です。つまり、刃物業界の企業が発送したナイフではないんですね。

まず、2017年と翌2018年の2度、クラウドファンディングサイトに、社長がそのアイデアを公開したところ、2回の合計で1300万円もの資金を獲得しています。クラウドファンディングサイトが林立している昨今、1000万円超を集めるプロジェクトというのはほとんど存在しないことを考えても、あまりに大きな反響だと思います。

そして一般販売を始めるや否や、生産が注文に追いつかず、ずっと品薄続きとなっています。しかも……その価格なのですが、1万5,120円もするナイフなんですよ。もう、何から何まで異例づくめと言っていい。

肝心なことを申し上げていませんでした。いったい、これ、どんなナイフなのか。

「魚をさばいたことのない人でも、魚をさばくのが苦手な人でも、この1本で簡単に魚がさばけてしまう」、そう断言しきったナイフなんです。その名を「サカナイフ」といいます。

アジも、サバも、天然鯛も…

正直なところ、私、その謳い文句には半信半疑でした。そんなにたやすく魚をさばけるとは思えませんでしたし、それほど便利なナイフが開発できるのなら、過去に刃物業界から商品化されていてもおかしくないでしょう。

で、実際に購入して使ってみました。念のため言いますと、謙遜では決してなく、私は不器用なタイプです。これまで丸のままの魚をさばく気には一度もなれませんでした。

結論をお伝えしますと、そんな私でも本当に難なくさばき切れました。アジとサバは3分ほどで完了。調子に乗って天然鯛にも挑みましたが、こちらも3分強でさばけました。

手順だけは最初に覚える必要はあります。まず、サカナイフの外側の部分でウロコをこそげとり、次にサカナイフの切っ先を使って、魚の背と腹に切り込みをすうっと入れます。そして、サカナイフの内側の刃で、魚の頭をぶった切る。すると、内臓がうまい具合に外れます。最後に、先ほど入れた切り込みに沿って、サカナイフの内側の刃を滑らせていくと、これで作業はおしまいです。

一度、この手順を覚えてしまえば、あとはラクでした。さばくのにさほどの力が要らないのも美点で、これであれば、腕力のない人でも大丈夫と感じました。それともうひとつ。例えば、鯛を自宅でさばくと、身はもちろんですが、頭は2つに割って(これもサカナイフで行けました)焼き物などにできるし、骨の部分は潮汁にできるし、といった具合に、献立の数が増えるんです。天然の鯛でも時期によっては500円ほどで手に入るので、これはありがたかった。

「そんなナイフ、売れるわけがない」

なぜ、こんなナイフを、門外漢である社長は開発しようとしたのか。

「スーパーマーケットで魚が売れ残っているのが残念でたまらなかったんです」

先ほど言いましたように、社長は釣り師向けのルアー製造にも携わっていたのですが、その経緯から、知り合いの漁師に誘われ、2年間ほど、本業の傍らで、漁の世界を経験したといいます。自らの漁師経験があったからこそ、魚が見向きされなくなりつつある現状を無視することはできなかった。

「でも、ごく普通の主婦の方が、出刃包丁で魚をさばく風景って、想像しにくいですよね」

それはそうです。あまりに敷居が高い。だからこそ、魚を容易にさばけるナイフが必要と思い立ったそうです。

「でも、周囲からは止められましたね。『そんなナイフ、売れるはずがない』と」

開発にあたっては「手っ取り早さ」「1本でさばき切れるという明快さ」が重要と踏まえました。でも、ナイフについては素人でしたから、試作しては「これではダメだ」と感じることの繰り返しでした。

「最初は出刃包丁の延長線のような形状だったのですけれど、それでは一般の方にとってはハードルが高すぎます」

試作を繰り返すうちに、気づいたことがありました。

「プロの料理人は“逆包丁(さかぼうちょう)”という技を使うんですね。包丁の向きをあえて逆になるように握って身をさばく。それを一般の方がやるのは絶対に無理ですが、この逆包丁のような手順をたやすく実現できるようなつくりにすればいいと思った」

それが、現在の完成品に近い姿でした。切っ先をとがらせて、無理なく切り込みを入れられる形状。つまり、刺して押せばいいだけ。これをモノにしたときに、道は拓けたそうです。

ただし……。順風満帆ではありませんでした。サカナイフは開発に約2年をかけて完成していますが、その過程で、在籍していた社員たちが辞めていったそうです。

「理由は言うまでもないのですが、サカナイフ開発への反対でした。開発が進むにつれ、価格は1万5,120円と決まっていったのですが、『そんな高価格なナイフは、市場で受け入れられない』と強硬な反発があったのです」

そのため、最後は、社長と奥さんの夫婦2人きりで開発を続けることになりました。

先の見えない作業だったと察します。でも、そこに光が差しました。

「刃物製造の街、岐阜県関市の『ジーサカイ』が協業してくれることになったんです」

そこから販売まで急ピッチで進みました。クラウドファンディングサイトで公開すると、またたく間に大きな反響を呼んだのは、先に触れた通りでした。

業界内からは出なかったアイデア

あるとき、社長は刃物業界の関係者から、こう告げられたといいます。

「『私たちの業界からは、こういうナイフを作ろうという発想はまず出てこなかったでしょうね』と声をかけられた」

つまり、魚をさばくのに使うのは、今も昔も出刃包丁などであって、使う側が技を会得するのが定石なのだということを、業界内部は疑ってこなかったという話ですね。TAPPの社長はまさにそこに踏み込んだからこそ、サカナイフが完成したというわけ。

それにしても、です。無名の中小企業が立案した1本のナイフが、どうしてまたここまで売れているのか。私の考えはこうです。

いまの時代、「コンプレックス解消型商品」というのは、極めて強い存在感を放つのではないか、と思います。やりたくてもできなかった部分に「いや、この商品があれば大丈夫です」とささやいてくれる存在は、消費者にとって極めて大きな魅力を有するということ。魚をさばけないことを実は密かに気にしていた人は多かったのではないでしょうか。

諦めていたところに斬り込む……。これは消費者にとってだけでなく、商品を作る企業にとっても言えることかもしれませんね。「そういう商品などできっこない」というのは本当か、一度疑ってみるところから、ヒット商品は創出できるとも表現できます。この連載でいいますと、第1回第4回第5回第7回第11回第14回など、まさに「既存商品のありようを一度疑う」ところから生まれたヒット商品ですね。

クレームの声を発してきたのは…

最後に……。このサカナイフをめぐっては、さらに示唆に富んだエピソードがあると聞きました。

この商品、どんな人でも魚を難なくさばけると謳っていますよね。それって、大丈夫なんでしょうか。いや、私のような不器用極まりない者でもちゃんとさばけたので問題ないかとは思うのですが、なかには「さばけなかったじゃないか」とクレームをつけてくるユーザーがいるかもしれませんよね。

「いや、それが、一般の消費者の方からのクレームは全くなかったんです」

それはすごい話です。で、ここからなんですが、クレームそのものがなかったわけではない、ともいいます。不満の声がなかったのは「一般消費者」についての話である、と。

それ、どういう意味ですか?

「釣り師など、魚のプロやそれに準じる方からは、不満は挙がっていたんです」

どんな不満?

「『これだったら、わざわざ高い金額を投じて購入しなくても、出刃包丁を使えば十分に事足りるじゃないか』とおっしゃるんですね」

なるほど、と思いました。つまり、こういうことです。

サカナイフに対して不満の声を発したのは、もっぱら「すでに魚をさばける人」であったということです。でも、ここで考えていただきたいのですが、すでにさばける人というのはサカナイフのお客さんではないんですね。社長もこう力説します。

「僕らのサカナイフはあくまで、魚をさばくことを最初から敬遠していたか、苦手意識を抱き続けてきたか、という人たちのための商品ですから」

言うなれば、このサカナイフとは、訴求したい客層が実にはっきりしている商品なわけです。魚を難なくさばける人は、これまで通り、既存メーカーの出刃包丁を使ってください、このサカナイフは、さばけなかった人のためだけの商品なんです、ということです。

言い換えれば、このナイフは決して万人向けではない。切実にこの商品の出現を待っていた、いや、この商品が登場してくれることを想像してすらいなくて、魚をさばくなどハナから諦めていた、そのような消費者に向けた商品です。

また、サカナイフはこれまでのナイフの代替品ではなくて、「これがあるなら、魚をさばこうかと初めて考える」、すなわち、唯一無二の商品になっているところも見逃せません。

商品開発のすべてがそうだとは言わないまでも、ときに的を絞り切り、これが誰に訴求するものであるか、ぶれることなく完遂させることの大切さも、今回の取材で学んだ気がしました。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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