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  4. 2019.07.03

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第25回)
続・「差がない」と「ほとんど差がない」は違う!(多摩川クラフト)


この連載コラムの第19回で、「差がない」と「ほとんど差がない」は全く違う、という話を、地方の屋台村を例に挙げながら綴りました。

一見微細に思えるような差が、実は顧客にとっては重要になる局面は少なくない。「わずかな差」をないがしろにしてはいけない。結局のところ、それが成否を分ける、という内容でした。

また、第11回では、マーケティングコストと製造コストの関係についてもお伝えしましたね。売れに売れている塩をテーマにした回でした。

ややもすれば効果が不確かなマーケティングコスト(宣伝や値下げの原資)にお金を投じるよりも、場合によっては、製造コストの増加をいとわないほうが、ときにヒットを得られる。上手に製造コストをかけた商品は、それ自体が「モノを言う」商品となり、どんな宣伝広告よりも波及効果を生む可能性があるということを、事例をもとにお伝えしました。

で、今回なのですが、その両者にまたがる話です。つまり、「ほとんど差がない」からと頬っかむりせずに、細部の仕様を詰めてゆき、それによって製造コストはかかったものの、中途半端なマーケティングコストをかけるよりよほど売れたという事例。

どんな商品か。ページ冒頭の画像をご覧いただけばわかりますね。長時間のドライブ、あるいは災害時に威力を発揮してくれる、携帯用トイレです。

商品名は「QQTOILET(救急トイレ)」といい、価格は税別550円と、ちょっと高めです。開発・製造・販売しているのは東京の多摩川クラフト。

いや、携帯用トイレなら、数多の企業がさまざまな商品を出していますし、こう言ってはなんですが、多摩川クラフトというのは一般の方にはまず無名の存在でしょう。でありながら、2012年の発売後、じわじわと売り上げを伸ばしていき、昨年(2018年)だけで3万2000個がさばけたといいます。これ、バカにできない数字と感じますね。

そもそも多摩川クラフトとはどんな中小企業なのか。まずはそこをご説明し、次に、なぜ「QQTOILET」がスマッシュヒットを果たしているか、その点に触れたいと思います。

不況下を生き延びるために

多摩川クラフトの主力事業は、ハンドメイドによるクラフト造形です。どういうものかというと、たとえばすぐ上の画像を見てください。博物館からの依頼で、精緻な地形模型を制作したり(これは、2万5000分の1の縮尺で、ある島の全景を模型化したものだそうです)、あるいは昆虫などのオブジェを作ったり、という感じです。

社長は現在65歳。みずからも創業メンバーだった造形会社から独立したのは、52歳のときだったそうです。そして、独立後から現在に至るまで、あくまで主軸はクラフト造形の分野。

ただし、前の造形会社に在籍したころから、本業の傍らで、また別のものづくりにも時間を割いていた、とも聞きます。

「今から20年ほど前、造形の分野は不景気に見舞われていました。受注が伸び悩むなか、私はどう動くべきか。もともと、ものづくりが好きでこの世界に入ったわけで、造形以外でも、ものづくりの場を持ちたいと考えたわけです。」

当時、ある自治体が主催した、ものづくりのコンペに応募。優秀賞を得ました。そのときの応募作が、ペールトイレでした。大きなバケツ型の救急使用できるトイレですね。これがのちのち、独立後の「QQTOILET」の開発につながる突端だったともいえますね。

「3・11」がひとつの契機に

ただ、独立した後も、社長の頭のなかには、ひとつの思いがずっとあったらしい。

「ペールトイレは、バケツ型のその形状からして、家族など複数人で使う感じになりますね」

どういう意味か。

「もっと一個人に、つまりパーソナルに使ってもらえるような救急トイレが必要と考えていました。しかも、いつも容易に携帯できる形状の……」

独立後、クラフト造形の仕事に携わる合間を縫って、社長はひそかに試作を繰り返しました。市販の牛乳の紙パックを用いて、折りたたみ方を模索したり、と……。でもこの段階では、ほんの試作状態にすぎません。アイデアのかけらがあるだけ。

本腰を入れたのは、2011年の東日本大震災があってのことでした。ある行政機関から「何か便利な救急トイレはないか、今は大変なニーズがある」と打診を受けたそうです。独立前にペールトイレを製作したことが、ここで生きてきたわけです。地道に時間を割いたことは間違いではなかったということ。

社長はみずから、新しい携帯用トイレの開発に向け、急いで新たな試作に取り掛かります。

「牛乳パックで試していたことがヒントになりました。普段いかにコンパクトにたためておけるかは重要ですから。でも、このままでは量産するのに不適切です」

最終的に選んだのは、次のような中身でした。

再生可能プラスチックを使い、そこにアルミを蒸着処理します。さらに、その形状は、使った後に自立する(底がきちんと開いて安定する)ものにしようと決めました。

「ユーザーがトイレとして使用した後に、本体が倒れてしまっては不安でしょうし、いくら付属の凝固剤で固めたからといっても、全く漏れないとは限らない。だから自立する形状にすることは大事と考えました」

いや、底面が開いて自立する携帯用トイレというのは、他にも存在します。それだけでは、商品の独自性を謳うにはちょっと弱い。

社長はここでもうひとつ、策を打ちます。

「本体上部のジッパーを、ひとつではなくて、ふたつにしたんです」

なるほど。封をするためのジッパー(上の画像をご覧ください。食品保存袋の「ジップロック」についているようなものです)をふたつ備える仕様であれば、物理的にも心理的にも安心できます。しかも、開発当時、ダブルジッパーを採用していた商品はまずなかった。ただし……。

「コストは相応にかかります」

そこが気がかりではあったけれども、なにより仕様を強化することのほうが肝心だと判断したのですね。

これが、このコラム冒頭で綴った「わずかな差」であると、私は思います。自立する形状で、なおかつダブルジッパーであること。やろうと思えば、他社だってすぐにできるはずです。そこを踏み切るかどうか、だけの話ともいえますね。多摩川クラフトの社長は実行したということです。少し大げさな表現かもしれませんが、それはおそらく、ものづくりに長年携わる人の矜持が現れた結果ではないかとも思うのです。

さらには、訴求にダメを押した

ダブルジッパー仕様にしたことで、使用後の本体が倒れても大丈夫という安心感をアピールできました。でも、社長はさらに念押しする作業に入ります。

「使った後の本体が、どれくらいの重みに耐えうるか、第三者の試験機関でチェックしてもらいました」

すると、耐圧195kgまで無事であることが判明したそうです。言ってみれば、本体の上に普通のおとな3人分の重さがかかっても大丈夫ということですね。

「ジッパーがひとつだけでは、こうはいきません。ダブルジッパーを採用するには費用はかさみますが、それだけの意義があったことが証明できました」

数字の上でも、この「QQTOILET」の独自性がわかったわけですね。

もう一度、ここで社長に尋ねますが、コストのかかるダブルジッパーを採用することに躊躇は本当になかったのでしょうか。どうせ使い捨てだからと割り切ることもできたと思いますが……。

「以前、登山のベテランガイドからこんな話を聞いていたんです。既存他社の携帯用トイレを山で使って、そのあとリュックに入れて下山していたら、背中でつぶされて、中身が漏れてしまったそうなんです。『楽しい山登りの思い出が一瞬で消えてしまった感じ』と嘆いてておられました、だからこそ、ダブルジッパーは訴求力を持つと考えたのです」

ダブルジッパーは、社長にすれば「必要コスト」であり、その意味は、過去に携帯用トイレを使ったユーザーには明快に伝わるはず、と踏んだのですね。

「主婦」と「隊員」がメインユーザー

2012年の発売当初、消費者からの反応はさほど感じられなかったと、社長は振り返ります。う~ん、コラムの第3回で綴ったような「過剰品質型の商品」は、一般消費者にその価値をすぐさま理解されにくい側面があるのは事実ですが…。

いや、やはり「過剰品質」は強かったんです。

ある通販企業のカタログに掲載されると、それを機に主婦層からの問い合わせが相次ぎました。さらには関西圏の生協が定期的に「QQTOILET」を扱うようになり、それが昨年の爆発的な反響につながりました。

さらには……。

「北海道の自衛隊の航空部隊から注文が届いて、びっくりしました」

屋外での作業中に使いたいとのことだったそうです。普段はコンパクトで、使用後は強靭な密封力のある「QQTOILET」は、隊員の助けになるということですね。

それにしても、です。「主婦」と「隊員」という、一見かけ離れたように見えるふたつの顧客層が中心の商品って、あまり他にはないような気がします。そこがまた痛快なところ。

考えてみれば、主婦層にとっても、自衛隊の隊員にとっても、トイレの問題は、より切実に意識できるものなのですね。当事者として直感的にそのことを理解するのが、家族を日々守る主婦であり、国を守るために屋内外問わず活動する隊員であるということ。言われてみれば、わかります。

「ここまでの経緯をたどると、製作経費よりも仕様を優先する判断は間違っていなかったと感じています」

社長はそうも振り返ります。そうですね、中庸な商品では、失礼ながら一般には無名な中小企業の商品がここまで注目されることは、決してなかったと私も思います。

多摩川クラフトの現在の売り上げ構成を見ると、「QQTOILET」が3割を占めるまでに育っていると聞きました。この商品が継続して売れていくことによって、主力事業であり、長年携わってきたクラフト造形の分野にも、より安心して精力を注ぎ込められる。

ものづくりへの矜持こそが、同社におけるそうした好循環を生んだのでしょう。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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