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  3. 2018.08.29

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第5回)
「ゴールの共有」こそが、中小企業の協業では大事!(株式会社山本食品)


この連載の第1回で、2つのことを私は綴りました。

1つは、中小企業でもイノベーションを起こすことは可能であること。もう1つは、イノベーションを起こすには、ゴールを最初に決めるのが肝心であること。

真っ先に「どんな機能を目指すのかを定めて言葉にする」ことが大事という話です。

「できる範囲で仕方ないか」という“諦めへの誘惑”を断つのに有効ですし、なにより、開発への強い推進力になります。

とりわけ、複数の企業同士が協業して商品づくりに臨む場合、そのゴールはひとつの旗となります。迷ったら、その旗をもう一度見定めればいいので、企業間で意思がブレるのを防ぐ、という効果も期待できます。

で、今回紹介したい商品が、ページ冒頭の画像です。

これ、なにか……。わさび専用のおろし板なんです。ステンレス製の商品で、その名を「鋼鮫(はがねざめ)といいます。

値段は4,320円。決して安くはありませんね。しかも、用途は「わさびをおろすだけ」ですよ。ところが、2017年の登場以来、当初目標の30倍も売れているらしい。

もう一度、ページ冒頭の画像を見ていただけますでしょうか。おろし板に刻まれているパターン、目を凝らしてみてください。今度は、もう少しアップめにして載せますね。
 

なんだ! この表面パターンは?

ひらがなの「わさび」の文字がずらりと並んでいます! 「わさび」「わさび」「わさび」と、その数、150以上……。なんだ、これ、ふざけているのか。いくら、わさび専用おろし板だからといって、遊びすぎじゃないのか。

開発したのは、静岡県三島市の老舗わさび屋である山本食品です。社長に尋ねると「決してふざけているわけじゃない」と反論します。それどころか、300以上のパターンを必死に試し、万策尽きたか、と諦めかけたところで、この「わさび」のパターンにたどり着いたらしい。

そして、ヒットしているのは、ほかならぬ、「わさび」と刻んだパターンにこそ、理由があるともいいます。

いったい、どういう話なのでしょう……。

客のクレームから始まった

山本食品は、伊豆観光に訪れる客に向けて、わさびを長年販売している事業者です。

なのですが、時折、客からのクレームに悩まされていました。「おたくで買ったわさび、すりおろしても辛くない。おいしくない」と。

実はこれ、山本食品が販売しているわさびが悪いのではなく、何を使ってすりおろすかの問題です。家庭にあるような、金属の目が立った薬味おろし(大根や生姜をおろすもの)では、わさびはもともと上手くおろせないんです。目が粗すぎて、どんなに上質のわさびを使っても、じゃりじゃりにしかなりません。

わさびは、いかにきめ細かくおろして、中に空気を含ませるかが勝負です。そのことで、辛みも風味も増すのですね。

ならば、プロの料理人が使うような、鮫の皮を貼り付けたおろし板を購入すればいいじゃないか、ともなります。鮫皮のおろし板だったら、確かにわさびが柔らかくふんわりと仕上がり、風味も食感も良くなる。

でも、鮫皮のおろし板を一般家庭で使うには、難点があります。手入れがあまりに面倒なのです。使った後に洗って、水分を完全に乾かさないままで食器棚にしまうと、かなりの確率でカビが発生してしまい、もう使えません。

普通の家庭ですと、わさびをおろすのなんて、せいぜい数週間に1度くらいでしょう。うっかりすると、気づいたときにはカビを生やしていた、という事態を起こしがち。鮫皮のおろし板は性能こそいいのですが、手入れのことを考えると持て余してしまうというわけです。
 
山本食品の社長にとって、手入れがラクで、しかもわさびを誰でも簡単に仕上げられるおろし板の登場は、いわば悲願でもあった。ところが、そんなおろし板など、どのメーカーも作ってくれない。ニッチな商品ですし、プロにすれば鮫皮のおろし板を使えばそれで済むのですから。

社長は決心します。だったら、自分で作ってしまおう。

そう思い立ったきっかけは、隣町である沼津に、超実力派の町工場があることを知ったからでした。

 その町工場は、エッチング加工(薬品を使って、金属に細かなパターンを刻む加工)を得意分野とする事業者で、それまでは大企業の下請けをもっぱらなしていたところでした。

おろし板の開発にあたっては、町工場にとっても、「渡された仕様書どおりに作って納入する」のではなくて、「一緒に考えながら作っていく」仕事に、強い興味を惹かれたといいます。

ここから、わさび屋と町工場が手を携えての開発が始まりました。

300ものパターンは、すべて失敗作

ところが話は簡単ではなかった。

多いときには週に2度も、町工場の社長は、山本食品のもとに、試作パターンを届けたそうです。しかし、これもだめ、あれもだめ、という状況がずっと続いた。

先に触れたとおり、わさびおろし板の勝負どころは、いかにわさびに空気を含ませながらきめ細かく仕上げられるかです。もうこれに尽きます。

町工場の社長は、あるときには矢印のパターンを刻み、またあるときには幾何学模様を刻みました。でも、山本食品の社長は、首を縦に振らなかった。渡された板でわさびをおろしてみて、「これではだめです」とだけ……。

そうして、気づけば、300の試作パターンを超えていたそうです。そのすべてがボツでした。上に載せた画像は、ボツになったパターンの一部です。

もはやこれまでか。やはり鮫皮のようにやわらかな天然素材でないと、わさびは上手くおろせないのか。硬いステンレスでは無理か。

山本食品の社長も、町工場の社長も、そう諦めかけた場面で、ひらめきが降りてきたといいます。

「ひらがなの『わさび』の文字はどうなの?」

ステンレスの板に刻むパターンで重要なのは、あらゆる方向に目が立っていることだということは、試作途上で気づいていました。つまり、わさびをきちんとおろすには、特定方向に目が立っていてはどうしても変な引っかかりができて、きめ細かく仕上がらない。

ひらがなの「わさび」だったら、上カーブも下カーブも、そして直線もあります。

試しにエッチング加工してみたら……。

2人が声を上げるほど、わさびはふんわりとすりおろせ、しかもその風味は群を抜いていました。わさびに関しては百戦錬磨のはずである山本食品の社長が、少しすりおろしたわさびを口にして、その辛みに「なんだ、これは!」と驚いたそう。

こうして、「鋼鮫」は完成しました。
 

「鮫皮のように」では、だめだった

発売した「鋼鮫」は、思いのほか売れに売れています。「1日1枚も売れればいいかなあ」と思っていたら、1日に30枚も出ているらしい。一般家庭はもちろんのこと、それまで鮫皮のおろし板を使っていたであろうプロの鮨職人までもが購入しているとも聞きました。

なにが決め手だったのでしょうか。

この「鋼鮫」を開発し始めるにあたって、山本社長は2つのゴールをしっかりと見定めていました。

1つは「鮫皮のおろし板よりも手入れがラクな商品であること」。
これについては、ステンレスを用いると決めた時点でゴール達成ですね。実際、完成した「鋼鮫」を使うと、よくわかります。水でざっと流して、その後にちょっとどこかに立てかけておけば、それでまず大丈夫です。カビもしませんし、サビもしません。

もう1つが、極めて重要なゴール設定でした。
「鮫皮のおろし板と同じように、わさびがおいしくおろせる商品であること」。

……ではなかったんです!

正しくはこうです。
「鮫皮のおろし板よりも、はるかにおいしくおろせる商品であること」。

これこそが成否のカギを分けた部分ではないか、と、私には思えてなりません。

だって、「鮫皮と同じように」というのであれば、鮫皮のおろし板を買えば(手入れの面倒さに目をつむるなら)それで済む話です。そこにはさして大きなイノベーションはない。

メンテナンスがたやすいステンレス製でありながら、あの鮫皮を超えるおいしさになる、というところこそが重要なポイントであり、それがまさにイノベーションとなりうる。そして、多くの人がそこに驚き、手を伸ばす、というわけです。

さらに言えば、「鮫皮と同じように」という程度であれば、協業する町工場がここまで情熱を燃やしたでしょうか。「鮫皮を超える仕上がりをなすもの」を自分の工場の技術で完成させる、という大きなゴールがあったからこそ、町工場は粘り腰を見せたとも分析できると、私には思えます。

最後になりますが……実際に、わさびをおろして比べてみました。

普通の家庭にある、金属の薬味おろしで仕上げたわさびは、言ってみれば「みぞれ」のような粗っぽさ。風味はさして感じられません。

プロが使う鮫肌のおろし板だと、それが「雪」のような食感になります。柔らかくて空気を含んでいて、辛さも現れています。

では、「鋼鮫」は? それがですね、「淡雪」と表現したくなるほどのふんわり感です。そして、辛さや風味は、鮫肌をも完全に凌ぐ。もっと説明するなら、1本300円台の安いわさびであっても大化けします。しかも、誰がすりおろしても上手くいく。どんなすり方であっても、細かな仕上がりになるということです。

「鋼鮫」を購入すると、わさびをこれまでさほど購入していなくて、チューブのわさびで済ませていた人でも、本物のわさびをしばしば使いたくなるでしょうね。これでおろしたわさびを添えれば、それこそ安物の刺身がとたんにおいしくなります。

最初は、思いがけない「わさび」の刻印パターンにちょっと笑い、でも、実際に買ってみると、続けて使いたくなってしまうほどの性能を発揮する。

これって、まさに商品におけるイノベーションでしょう。私はそう思います。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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