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  3. 2018.09.12

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第6回)
それは本当に「絶対無理」なプロジェクトなのか?(株式会社FattoriaBioHokkaido)


「そんなこと、できっこない」「それをやったら大問題になる」

そんな周囲の声を聞いて、商品開発プロジェクトの遂行をためらう場面って、しばしばあるかと思います。
私自身だってそうです。全国各地の地域おこし案件に携わっている毎日ですが、「その実現は無理でしょ」と諭されて、ひるみそうになる経験を何度もしています。

そんなとき、私が思い出す企業があります。「ファットリアビオ北海道の話があったじゃないか」と……。

同社は2013年に札幌市で創業したチーズ工場です。北海道のチーズ製造事業者としては後発組ですし、そもそもが、それまで乳業とは全く無関係だった札幌の事業者が立ち上げた、という存在。

にもかかわらず、創業するやいなや、そのチーズの品質が反響を呼び、一線級の料理人たちが札幌の工場まで足を運ぶほどに、その実力が知れ渡りました。例えば、パーク ハイアット 東京や、JALのファーストクラスなどが、ファットリアビオ北海道のチーズをいち早く採用しています。そのことひとつ取っても、同社のチーズの質を想像いただけるかと思います。

さらには、同社のサイトからチーズの購入を繰り返す一般消費者も増え、創業から5年にして、しっかりと固定ファンがついている。

私に言わせれば、日本におけるイタリアチーズの“唯一無二の存在”ではないかとすら思います。なぜそう表現できるのかは、のちほどお伝えしますね。

後発組で、しかも異業種からの参入なのに、そこまでの展開ができたのか。

国内イタリア料理店が窮地に…

ファットリアビオ北海道が創業するきっかけは、「日本国内のイタリア料理店を救いたい」という、切実な思いからだった、といいます。

2010年以降、輸入物のイタリアチーズの国内価格が高騰。その種類によっては以前の2倍近い値をつけたほどだったそうです。

これでは国内のイタリア料理店が干上がってしまう。イタリア料理って、前菜ひとつからチーズを多用しますから。東京都内のあるイタリア料理店のオーナーは、自分の店舗だけでなく、仲間の店のことも案じて、日本国内で作られたイタリアチーズに良品はないかと探し求めました。でも、これはというものに出逢えなかったそうです。

だったら、どうするか。

イタリアからチーズを輸入するから、輸送費がかさみ、為替変動の影響にも悩まされるわけです。ならば、チーズを輸入するのではなく、チーズ職人を日本に連れてきて、国内で生産すればいいじゃないか、となった。

このイタリア料理店のオーナーは、かねてからの知人だった札幌の食品関連会社の社長に相談しました。そして、協業することが決まりました。

創業準備の段階で、イタリアから凄腕のチーズマスターを札幌に招きました。5歳の頃からチーズ作りに携わる、生粋の職人です。
少量の牛乳を購入して、チーズを試作してみました。すると……。

イタリアで製造するよりも、よほど美味しいイタリアチーズができあがったというのです。なぜか。
北海道産の牛乳がそれだけすごい品質であったということなんですね。

この時点で、北海道で作れば、それが“唯一無二のイタリアンチーズになる”ことが、半ば確定しました。
それ、どういう意味でしょう。

“唯一無二”になる理由は

イタリアからチーズを輸入した場合、同地での築城輸送を合わせて考えると、どう頑張ったところで、製造日から最短で3日はかかるらしいのです。実際にはそれ以上の日数を要することもあるでしょう。

イタリアチーズって、種類によっては時間が命です。リコッタやモッツァレラが好例ですね。作ってから日数を経てしまえば、どんなに美味しいチーズも変化してしまいかねない。

それが、札幌での製造となったらどうなるか。札幌を朝に出荷すれば、遅くとも翌日には全国の料理店に届くわけです。鮮度が命であるリコッタなどは、もうこれだけで違う。

しかも作っているのは、本国でも譽れ高かったイタリア人チーズマスターです。そしてチーズの原料となるのは、イタリア本国よりも品質が高いとチーズマスターが驚いた北海道産の牛乳……。

まとめるとこうなります。イタリアでもトップレベルのチーズマスターが、国内輸送を速やかになせる札幌の地で製造に携わる。用いるのはイタリアのそれよりも優れた牛乳。
日本国内のイタリア料理店にとっては、まさに“唯一無二のチーズ”になる、というわけです。

ところが……。

イタリア人チーズマスターの日本移住も決まり、製造に必要な設備も揃え終わりつつあった段階まできて、創業には大きな壁が立ちはだかっていることに気づいたといいます。

原料乳を仕入れられるのか!?

肝心の北海道産牛乳を、どうやって仕入れるか、という問題です。

試作の段階では少量の牛乳で済みますが、本格稼働となれば当然、毎日、それも大量の牛乳が必要になります。
北海道産牛乳の流通をほぼ一手に担っているのは、ホクレン農業協同組合連合会です。たくさんの牛乳を安定して仕入れるには、このホクレンに相談するしか他はありません。

ファットリアビオ北海道の社長は、先に触れたとおり、これまで乳業関連とは無縁の仕事をしてきました。
それで、ホクレンと交渉する前に、地元各所の関係者を訪ね、どのようにホクレンに話を持ちかければよいのか、相談していったといいます。

すると……。「やめておいたほうがいい」と、みな、口を揃えていさめたというのです。

ホクレンは、生産者とメーカーなどを結ぶ協同組合です。その成り立ちを考えればすぐに想像がつくのですが、部外者(ここではファットリアビオ北海道)に対しては、牛乳は一切卸さないに違いない、という話でした。
ホクレンの名誉のために言いますと、これは他の地域の協同組合でも同様なようで、もともとがそういう態勢にあるというのですね。

相談をした相手のなかには「そんなことを先方に持ちかけたら、札幌での仕事に差し障るくらいの問題になるぞ」と厳しい言葉で忠告する人がいたり、「もし牛乳を仕入れたいのなら、何年も時間をかけて、じっくりと地ならししたうえで交渉するほかないのでは」とアドバイスする人もまた、いたりしたそうです。

そこまでの常識外れなことを、自分たちはやろうとしていたのか、と、ファットリアビオ北海道のスタッフは途方にくれました。牛乳が手に入らないと、「国内のイタリア料理界を救う」というプロジェクトは水の泡です。なにより、プロジェクトはもう走り出しています。

さあ、ファットリアビオ北海道はどうしたのか。なんらかの寝技を使った?違います。だったら、意外な裏技を発見した?それも違うんです。

“地域の常識”は、幻だった

真正面からホクレンの門を叩いた、というのです。
有力者の紹介状ですとか、なにかの手土産ですとかを携えることなしに、アポイントを取って、正面玄関から入った。

そんなことをして、大丈夫だったんですかね。
大丈夫だったんです。ホクレンの担当者は、ファットリアビオ北海道がここまでどのような準備を敷いてきたか、また、どのような態勢を組んでいるかと言った話に耳を傾け、それらを確認したうえで、あっけないほどにすんなりと、牛乳を卸す契約を結んでくれたといいます。

卸す価格の設定は高かったのでしょうか。そんなことはなく、また、ファットリアビオ北海道が求めるとおりの量を提供してくれたそうです。

ファットリアビオ北海道の創業後の快進撃は、冒頭でお伝えしたとおりです。

ここまでファットリアビオ北海道の話を聞いてきた結果、私が思ったこと。
業界や地域で語られている“常識”には、幻のものも存在する、ということなのではないでしょうか。いや、すべてがそうだとは決して言いませんよ。なかには、常識破りによって虎の尾を踏んでしまいかねない事態を巻き起こすケースもあるでしょう。
でも、そうでない場合もあるということです。プロジェクトを立ち上げる経緯や、それを遂行する態勢づくりに関して、言葉を尽くして説明すれば、ひらかれる門はある……そういう話であると感じました。

「絶対に無理」と誰かから言われた場面で、私がファットリアビオ北海道のエピソードを思い起こす理由が、これでおわかりいただけたかと思います。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

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