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  3. 2018.09.28

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第7回)
門前払いを食らっても、そこからが勝負だ!(株式会社エスト)


まずは上の画像をごらんください。

お菓子のマカロンを思わせる、可憐な色づかいのマスクです。レースがあしらわれ、小さなリボンまで付いていますね。
女性層向けの、いわゆる“おしゃれマスク”の草分け的存在と言っていい商品なのですが、さて、値段はどれくらい?


それが……1枚1000円前後もします。
不織布のマスクをドラッグストアでまとめ買いすれば、1枚あたり10円程度ですから、ざっと100倍ですよ。


そんなに高価なのに、これが冬~春先にかけて、同社のマスクは1カ月に1万枚もの販売数を誇ると聞きました。もう立派なヒット商品ですよね。

開発・生産・販売しているのは、岐阜市にあるエストという中小企業です。
もともとは、大手量販店向けの寝具をOEM生産していた会社。ですが、自社ブランドを持つ必要を感じ、このマスクの開発へと向かわせました。


ただし、この「マカロンレースマスク」をはじめとする同社のマスクが、シリーズ全体で月1万枚のヒットを果たすまでには、紆余曲折があったようです。

子ども向け商品から始まった

エストは社員数10人強という小所帯です。

2012年、OEM一辺倒の状況から、自律的に開発する商品も手がけることを決断しました。テーマは「手づくり」。
せっかくの自社ブランドです。大量生産でなくとも価値のある商品を開発したい、という思いだったと聞きました。


社業が厳しかったわけではないといいます。
それでも、現状維持を目指していては衰退につながると判断した。そして、第1号商品に決めたのは、子ども向けのマスクでした。


岐阜市内のある保育園に通う子どもたちに、通園バスのなかではマスクを着けるようにとの通知が園長からありました。
風邪やインフルエンザ予防のためですね。ところが、子どもは不織布の触感が好きではない。マスクをするのを嫌がります。
だったら……と、かわいい柄で、しかも柔らかな生地のマスクを作ればいい。


自社ブランド第1号である、この子ども向けマスクは、1日150枚のスマッシュヒットとなりましたが、注目すべきところは、その販売数だけではなく、生産体制にもあります。

1カ月に5000枚弱というのは確かにスマッシュヒットであるとはいえ、生産するメーカーにとっては、厳しい表現をすれば実はそう大きな数字ではありませんね。
コストをかけて新たに製造設備を敷くにはリスクがあります。では、エストはどうしたか。


幼い子どもを抱えるママさんたちを、内職として採用したんです。これなら大掛かりな設備投資は要りません。
巧いなあ、と感じたのは、ママさん内職の採用は、単にコスト軽減につながるというだけではないからです。

まず、商品訴求の点で効果がありますね。ママの手づくりと打ち出せるわけです。
次に、ママ層が内職すると、おのずと丁寧な作業になるというんです。わが子と同じ年代の子どもたちが着けるマスクなのだと思えば、マスクを縫うことひとつ、慎重な手仕事になる。そして、このことが、不良品率の低減にも直結します。


岐阜にはかつて、縫製仕事を内職に依頼する文化があったそうですが、不良品率の高さなども一因になり、次第に廃れていったと聞きました。
その岐阜に内職文化を復活させ、しかもマイナス面を取り払うどころか、プラスに転じるように手を打った。

また、ママ層にすれば、幼い子どもがいるとパート仕事に出るのも難儀しますが、マスクづくりの内職ならば、子どもが寝ている時間などにさっとできる。
こう考えると、メーカーであるエストにとっても、消費者にとっても、そして内職を担うママ層にとっても、まあ、いいことづくめですね。

そんな高いものが売れるか!

さあ、自社ブランドの第2号商品はどうするか。

エストの若手女性社員が動きました。

「次は、大人の女性向けの“おしゃれマスク”です」

若い女性層は、毎日の服装コーディネイトに気を配りますよね。でも、マスクだけが地味な存在で、せっかくのコーディネイトを邪魔してしまいがち。

服を着替えるように、マスクだって着替えたい……。
それが女性社員の提案理由でした。


社長はすぐさまゴーサインを出します。試作品が、ほどなく完成しました。
冒頭の写真のように、綺麗な配色、優しい風合い、ワンポイントの装飾も凝らしました。凝りに凝った結果、販売価格は1000円前後をつける必要がありましたが、それでもこうした商品は、女性層の心に刺さるはず、という確信が、この女性社員にはあったといいます。


で、どうなったか。

流通、小売企業に、矢継ぎ早に売り込んだものの……1社の例外もなく、すべて門前払いだった。理由はひとつ。

「この時代、1000円もするマスクなど、売れるはずがない」


この「マカロンレースマスク」が開発された2013年当時は、アベノミクスによる景気回復傾向が見て取れていましたけれど、一方で、若い女性層はスマートフォン代や飲食代にお金をかけるようになり、マスク1枚にまでは使える費用が限られるはず、というのが流通、小売企業のバイヤーの見立てだったようです。

エストはここで諦めたのでしょうか。そうではなかった。
女性社員はバイヤーの対応に落胆することなく、社長にこう言い切りました。

「私たちが売る先は、ここじゃない」

既存流通、小売にはこの新商品の意味はわからない。女性層の気持ちを理解していない。そう判断して、エストは自社サイトや大手通販サイトでの販売に踏み切ります。

何を変え、何を変えなかったか

しかし……。最初の動きはやはり鈍かった。
自信をもって投入したものの、1000円という高い価格設定がどうしてもネックになってしまったのか。


女性社員は、そうは考えませんでした。問題は価格ではない。社長も同意見だったそうです。これはマスクではなくて、ファッションアイテムだ。
そう捉えれば、1000円というのは決して常識はずれの値付けとは言い切れないはず。だから、商品そのものは変えませんでした。

素材を落とすなどして価格を下げる手もあったでしょうけれど、「それをやったら、この『マカロンレースマスク』のファッションアイテムとしての持ち味までも落としてしまう」という判断でした。


では、何を変えたのか。
提案・開発にずっと携わってきた、当の女性社員自身が気づきました。

「サイトでの訴求方法が間違っていた!」

どういうことか。当初のサイトでは、第1号商品である子ども向けマスクと同様に、ママたちの手づくりによる丁寧な縫製、という面をアピールするようなページ構成だったそうです。
でも、よくよく考えてみれば、若い女性層にとってはそうしたことよりも、このマスクがファッションアイテムとしていかに強い商品特性を持っているかのほうが大事なはず。


この女性社員、社長にも上司にも相談せずに、単独作業で販売サイトを全面的に作り変えたそうですよ。

そこでなした作業は……。

マスクを着けて撮影する女性モデルを厳選して、すべての画像を撮影し直した。幸い、エストには若い女性が多く、モデル選びには困りませんでした。

そして、その写真をそのまま載せるのではなく、画像修正ソフトを使って髪をなびかせたり、モデルの目に光を入れたりと、念入りに演出を施した。

すべては商品の持ち味を伝えるため、だったそうです。
「伝わらないのは、存在していないのと一緒だから」というわけですね。


さらに、ここが重要なんですが、いまお伝えしたサイトの全面変更には、どれほどのコストがかかったのでしょうか。女性社員に確認したところ……。

「コストはゼロですよ」

といいます。
いや、そんなことはないでしょう。女性モデルは内輪で確保できたとしても、カメラマンへの撮影料はかかるし(サイトやパンフレットに載っている画像はどれを取っても、元・雑誌編集長の私が見て、十分な出来映えでしたからね)、撮影スタジオ代だってバカになりません。
さらに画像を一点ずつ修正するとなると、そこにもお金がかかる。さらに言えば、サイトの修正そのものにだって制作費が必要です。


どうして、コストゼロ?

「私が全部を担当したからです」

女性社員が笑います。

撮影カメラマンは、この女性社員自身でした。
撮影場所は、なんと同社の会議室だそうです。スタジオ代をかけていない。画像修正もそう。女性社員が頑張った。サイトの修正も、彼女がすべて担っていました。
そうか、だからコストゼロなのか。


ここから何が言えるのか。

中小企業だからこそ、こうした“強い社員”が必要なのですね。その意味では、エストの社長は、よくこの女性社員を採用できたと思います。慧眼だったということでしょう。

そして、もうひとつ。
ここまでお読みくださればおわかりになると思いますが、この女性社員が、「マカロンレースマスク」を最初に企画し、製造にも携わり、流通や小売企業に売り込み、それが無理と知るとサイトを立ち上げ、さらにはそのサイトを独力で全面修正した。そういうことですよね。


企画立案した当の本人が、一気通貫にどの要素にも携わっているという話です。これこそが中小企業ならではの強みでしょう。
多くの社員によって分担制を敷く大手企業であれば、こうはいきません。そうなると、訴求ポイントのずれを感知して、すぐさま開発者本人の手でサイトを作り直すなんて作業は無理です。


彼女自身がすべてを担ったからこそ、サイトの再構築は成功したのではないでしょうか。このマスクは言うなればどんな商品であり、どんな人に訴えたいか……そこに意識のズレが生じるはずもありませんから。

キャッチコピーも当然、自前で

ダメを押したのは、サイト再構築時に大々的に打ち出したキャッチコピーでしょう。

「さあ、マスクを着替えよう」

端的、かつ伝わるメッセージですよね。もちろんこれも、女性社員が編み出したキャッチコピーでした。

こうして同社のマスクシリーズは、最盛期には月1万枚となるヒット作に育ちました。

「売れるわけがない」「いったい誰が、このマスクを着けるの?」。
そうした外部の声に対して冷静に対処し、次の手を打ち続けた。しかも、1人の社員が最後まで責任を持った。


エストは内職の仕組みを定着させ、そして高値の設定のままで見事に自社ブランド商品を売ってみせた。

ママさん内職の仕組みをはじめとする同社の取り組みは、岐阜のアパレル業界からも相当な注目を浴びているそうですよ。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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