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  3. 2018.11.07

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第10回)
ブランドマネジメントとは「約束」だ!(愛知ドビー株式会社)


中小企業発のヒット商品模様を語るとき、外せない存在があると、私は思っています。

それは「バーミキュラ」シリーズ。愛知ドビーという名古屋の町工場から生まれた商品です。

2010年に第1号商品が登場した国産の鋳物ホーロー鍋であり、当時は全くの無名、そのうえ、2万円台半ばという高価格ながら、いっときは注文してもなんと15カ月待ちだったというほどの人気を誇っています。
念のために言いますと、製造数を絞っていたわけではなくて、増産に増産を重ねても15カ月待ちになったということです。どれほどのヒットか、想像に難くありませんね。

まずは、愛知ドビーのことを、ざっとお伝えしましょう。

もともと鋳造の町工場で、長らく機械部品の製造や加工の下請けを続けてきました。2000年代に入って、現在の経営者である兄弟が父の跡継ぎとして入社したときには、従業員わずか15人、売上高は約3億円ながら債務超過は実に2億円という、極めて厳しい経営状態でした。

ここから状況を打破するために、兄弟は自社ブランド商品の開発に取り掛かります。

3年間の開発期間をかけて、2010年に鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を発売。快進撃が始まります。さらに2016年には、同社初の家電商品となる「バーミキュラ ライスポット」を発売します。これは簡単に言えば、税込みで8万6000円ほどの超高級炊飯器です。こちらも発売直後は4カ月待ちというヒットとなっています。

現在は、従業員250人、売上高は約45億円。こう聞くと、愛知ドビーのここ10年の歴史は、町工場復活のお手本そのものという気がしませんか。

そこにある技術、そこになかった技術…

そもそも、どうして自社ブランド商品、それも鋳物ホーロー鍋を作ろうと思ったのでしょうか。
鋳物ホーロー鍋といえば、フランスの「ル・クルーゼ」が人気ですね。あるとき、兄弟はこの鍋を偶然手にします。そして思った。

「うちの鋳造技術を使えば、フランス製のこの鍋より、はるかに精度の高いものができるのではないか」

鋳造そのものの技術もそうですし、旋盤にも自信があった。それらを活かすと何ができるか……

「完全な無水調理ができるほどに、鍋本体と蓋がしっかりと合わさる鋳物ホーロー鍋が開発できるはず」

私、ここで思うのですが。もしも兄弟がこの場面で「ル・クルーゼ」と同じような鍋を、というふうにゴールを設定していたら、愛知ドビーのその後の快進撃はなかったのではないかと。

兄弟は「ル・クルーゼ」と同じように、ではなくて「ル・クルーゼ」を超える鍋を、と最初から決めていたのですね。「ル・クルーゼ」では無水調理はできません。それを可能にするほどの仕様(本体と蓋が合わさる部分の精度)を追求することを、最初の時点で決めたのが大きかった。

この連載の第5回でお伝えした「鋼鮫」でも綴りました。最初のゴール設定が成否を分ける、と……。「鋼鮫」では、ステンレス製のわさびおろし板でありながら、プロが使うような鮫の皮を貼ったおろし板を超える性能を持たせようと決めました。だからこそヒットした。

話を「バーミキュラ」に戻しますね。

鋳物の技術、旋盤に技術は、もともと愛知ドビーは持っていたわけですから、それを新しい鍋づくりに生かせます。問題はそこから先です。

鋳物にホーロー掛けする技術がなかったんです。

愛知ドビーにその技術がなかったということ?
いやそれだけではなくて、日本の大手どころのメーカーが数十年挑んでも、ものにできていなかった。鋳物へのホーロー掛けの技術を有していたのは、当時、「ル・クルーゼ」など、フランスのごくわずかの企業だけだったんです。

すべての組み合わせを、愚直に

ならばどうするか。これは必死に自社開発するしかないわけです。国内の大手企業も果たせなかったのに? そうです、そうするしかない。

「社長である兄は、『3カ月もあればできるだろう』と最初は楽観的だったけれど、結局、3年かかりました」

副社長である弟は笑います。
でも、3年で果たせた、ということですよね。ホーロー掛けに関しては門外漢だった、しかも従業員15人で、債務超過が2億円の小さな町工場が、大手どころの企業を超えたという意味にほかならない。

どうして果たせたのか。

兄弟は、細部の技術的裏付けに関してはあまり話しませんが、かいつまんで言うと、「考えうるすべての組み合わせを、受直なまでにひとつ残らず試し続けた」これに尽きるようです。

えっ、そんな簡単なこと? いえいえ、「考えられるすべての組合せを、たとえ時間がかかろうが、受直に試す」、これをやっていない大手企業が意外にあることを、私はほかの業界事例でも知っています。

徳島のスペックという中小企業が、地元の海苔漁師のために開発した「生きている海苔」という商品があります。海苔というのは、当の漁師に言わせると、採れたばかりの生の状態が一番おいしい。

ところが生の状態では半日もすればダメになる。だから板海苔や佃煮に加工するしかなかった。大手企業が何十年かけても、生の海苔を流通させることは無理でした。
ところが、スペックは1年半でその技術をものにします。冷凍技術を使ったのですが、加水率、冷凍温度、冷凍時間の組み合わせを、ただただ考えうる限り試し続け、答えを出したんです。

どうですか。大手企業が無理だった技術をものにした中小企業って、意外にあるんです。

「約束」を果たすために…

兄弟に尋ねたところ、「バーミキュラ」シリーズを登場させるための開発初期段階で、マーケティング調査は一切行わなかったといいます。それはいったいなぜ?

「ほかならぬ僕らが欲しい鍋をつくろう。世界一の鍋をつくろう。目標を初めからそこに置いたので、マーケティング調査の必要を感じなかった」

そう言うんです。私はこの考えに全面賛同しますね。

グループインタビューなどのマーケティング調査をやれば何かの答えが見えたり、何かのヒントが得られるのか……いや、商品企画はそんな簡単なものではない、と思うことがしばしばだからです。

商品企画の突端となる何らかのもの、今回の例で言えば、「『ル・クルーゼ』を超える、世界一の鍋をつくる」という強い思いは、マーケティング調査頼りで獲得できるものでは決してない、ということです。

つくり手のそうした考えが最初にあってこそ、商品企画は成功する。マーケティング調査は、むしろ最後でいいんです。商品企画の骨格がしっかりとできていて、さらにダメ押しとして、細部をどうつくり込むか、あるいはどう売っていくか、と言った枝の部分の参考にすればいいという程度。

さあ、ここからです。

「バーミキュラ」は、すごい技術をそこに込めたから売れた? もちろん、それはあります。でも、それだけではなかった。売った後の「お客との付き合い方」にも重要なポイントがあったんです。

2010年の発売当初から、「バーミキュラ」を購入したユーザーからの問い合わせを受ける電話窓口を設けていました。

そんなの当たり前だろう、と思うかもしれませんね。でも、普通の企業とはちょっと違いました。

社員の誰が電話に出てもユーザーの質問に答えられる、そんな体制としたんです。これは中小企業ならではの窮余の策なのか。いや、それともまた違う。
社屋の事務棟には、毎日ずっとコンロが並べられていて、そこに何台もの「バーミキュラ」が乗せられている。ユーザーから電話が入ると、そのコンロと「バーミキュラ」を使って、社員が使いながら電話相談に応じる。
電話をその場で取った社員が、相談窓口担当者であり、実際、副社長である弟もみずから窓口担当になったといいます。やり方が徹底していたんですね。

さらには……愛知ドビーは料理人を社員として採用します。そして毎日例外なく、料理をつくり、それを社員で試食し続けている。何に生かすためか。レシピ集をウェブサイトに載せ、また書籍として刊行するためでした。

レシピ集を書籍としてわざわざ同社が刊行するのは、「バーミキュラ」のイメージアップのためだったのか。「いえ、全然違います」というのが答えでした。

「買ってくれたユーザーとの約束を果たすためです」

どういう意味か。

「この鍋を使えば、どんなに料理が苦手な人でも美味しい料理がつくれます、と謳っている以上、その約束は果たさないといけない。だから、人任せではなく、社員の手で、文字どおりどんな人でも美味しくつくれるレシピを紹介し続ける責任が、メーカーの側にある」

みずからの手でやりきる意味

なるほど……。レシピ集を刊行するというのは、イメージアップ(販売促進)のためというよりも、ユーザーとの約束を守りきるため、だったのですね。

「約束」という言葉、これ、マーケティング用語における「ブランドマネジメント」に深く関連するものです。

ブランドマネジメントと聞くと、いかに商品価値を伝え、好感度を持たれるように企業活動をなすか、といった話と捉えられがちで、その手段として、広告宣伝やインターネット上でのイメージ訴求戦術のことに考えが入ってしまいますが、実は「消費者との約束をしっかりと守る」というのが、ブランドマネジメントの基本中の基本と理解すべきなんです。

そこに忠実だったからこそ、愛知ドビーは、ユーザーからの電話窓口を経営陣や社員みずからが担い、そして、人員を割いででもレシピ開発の手を緩めてない。そういうことですね。

実は、こうした「みずからが約束を果たすために動く」という部分は、愛知ドビーの場合、ほかの場面でも徹底されています。

まず、肝心の生産体制です。「バーミキュラ」が15カ月待ちとなり、バックオーダーを大量に抱える事態に陥っても、生産を外注しませんでした。

これは別に外注がよくないという話ではなくて、

「『バーミキュラ』では、鋳物製造、旋盤、ホーロー掛けという3つ工程すべてが緊張を強いられる繊細さが求められる。最終検品時にもし不良が出てしまったときに、すぐさま工場内で、どこに原因があったのかを突き止めないといけないから」

だそうです。
次に、販売体制もそうでした。「バーミキュラ」の発売当初はネット通販主体でしたが、百貨店などの既存小売業界からの強い求めで、途中から一般流通にも卸し始めました。

ところが、物を卸して、あとは各小売店のスタッフに販売を委ねたところ、「バーミキュラ」の商品特性を満足に説明してもらえていない、という問題が表面化しました。で、どうしたか。

愛知ドビーは社員として販売専門スタッフを雇用し、商品を卸した先の小売店の売り場に常駐させることを決めました。
それは相当なコスト増要因では?

「そうでもないんです。確かに人件費は膨らむけれども、結果として、人件費をかけた以上に売り上げが伸びたので、これは成功策でした」

すべてにわたって、まさに「そこまでやるか!」という話ですね。でも中小企業発のヒット商品をつくろうとするなら、この「そこまでやるか!」という姿勢こそが極めて重要なところとなるんです。

次の一手は、海外進出

「バーミキュラ」、そして「バーミキュラ ライスポット」とヒット作を連発し、町工場として異例の復活劇を遂げた愛知ドビーですが、次の一手は?

「いよいよ海外進出です」

北米、そして中国市場を睨んで、「バーミキュラ ライスポット」を引っさげ、海外に攻勢をかけると聞きました。

町工場の手で登場させたメイド・イン・ジャパンの鍋が海を渡る。私は引き続き、その展開をしっかりとこの目で確かめたいと思っています。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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