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  3. 2019.01.09

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第14回)
その業界に「未来」はあるか!? 前篇(WHILL株式会社)


ある分野の商品に将来的な市場性があるか、それとも、ごく小さな市場規模に留まり続けるのか、いやもっと言えば右肩下がりで規模縮小してゆくのか……。
そこをどう読むかは、とても難しい作業ですね。でも、事業をなす経営者や商品企画担当者にとっては切実な話でもあります。

今回と次回の2回にわたって、それぞれ違う分野の商品にスポットを当てながら、「市場をどう読んで商品開発するか」、あるべき方策の一端を、具体的事例をひもときながら一緒に考えていきましょう。

で、今回取り上げる商品は……。ページ冒頭の画像を見ていただくとわかると思いますが、これ、電動車椅子です。日本国内における電動車椅子市場は長らく、年間2万台程度に留まってきました。

この2万台という数字をどう捉えるかは難しいところです。しかし、長い距離を歩くのが難しい高齢者や障害者の人数が相当数いるのを考えると、2万台規模というのは、かなり少ないと思いませんか。

横浜に本社のあるWHILLは、2012年に設立されたベンチャー企業です。電動車椅子の開発・販売に携わり、2014年に第一号商品である「WHILL Model A」を発売、そして2017年には、冒頭の画像である「WHILL Model C」を発売しています。

第一号商品の「Model A」は先鋭的なデザインで価格は99万5000円とかなり高額ですが、冒頭の画像である後者の「Model C」は普及価格帯の本格量産モデルであり、値段は45万円と、既存の電動車椅子とそう変わらない水準です。
いっときは同社の予想を超える注文が殺到し、数カ月待ちになるほど(これは業界として異例の事態だそう)に話題を呼んでいます。

それは勉強会から始まった

WHILLの最高経営責任者は、大学卒業後、日産自動車に入社して、クルマのデザインを担当していました。そして休みの日には、別の大手メーカーで商品開発に携わる友人たちと自主勉強会をたびたび開き始めました。それが2010年のことです。

あるとき、その勉強会で、福祉分野をテーマにした場面がありました。足が不自由で、本当ならば電動車椅子が必要な人に話を聞くと……。

「電動車椅子を使おうとする人たちが、『2つのバリア』を痛感していることがわかったんです」

2つのバリアとは……。
1つは「物理的バリア」です。道路には意外なまでに小さな段差があって、既存の電動車椅子では乗り越えられないことも多く、目的地にたどり着けない。
もう1つは「心理的バリア」です。電動車椅子に乗って動いていると、周囲の目が気になる、というものでした。こうした2つのバリアのために、わずか百メートル先のコンビニに行くのも諦めざるをえない、という話に勉強会のメンバーは驚きます。

だったら……と勉強会メンバーは考えます。道の段差をものともしない性能を誇り(=物理的バリアの突破)、スタイリッシュで自慢したくなるほどのデザイン性を有する(=心理的なバリアの突破)、そんな電動車椅子を開発すればいいじゃないか。

勉強会のメンバーは、本業の傍ら、試作モデルの開発に取り掛かります。そして2011年の東京モーターショーに、それを出品しました。

その反響はどうだったか。

「実は、賛否両論だったんです。とりわけ『否』の声が直接届きました」

どういうことなのでしょう。ひとりの車椅子ユーザーが「こういうことはやめてほしい」と強い口調で迫ってきたというのです。

「その方がおっしゃったのは、『実際に販売されないのであれば、電動車椅子が必要な人間にとっては残酷な話』ということでした。夢を見させるだけ残酷だ、と」

この声に触れた勉強会メンバーは決断します。こうした試作モデルを作るのを諦める、のではありませんでした。むしろ逆です。

「だったら企業を退職して、起業して量産を目指そう、と判断しました」

2つのバリアを突破した

彼らは2012年にWHILLを設立。2014年には前述の「Model A」を発売するところまでこぎつけました。それが、この上に掲載した画像です。

相当に先鋭的なデザインでしょう。デザイン面だけではありません。iPhoneと連携してリモートコントロールもできるなど、機能面でも先進性を備えました。
そして……道路の段差を難なく乗り越えられるように、タイヤを新開発。24個の小さなタイヤの集合体のような形状で、360度動きます。これ、「オムニホイール」と呼ばれるものなのですが、人を乗せるモビリティに採用するのは前例のない話だったそうです。
開発には困難があったとも聞きましたが、このタイヤの存在によって、段差を乗り越えられ、かつ、道の溝に車輪がはまってしまうのも防げるらしい。

これで、2つのバリアは見事に突破できたわけです。

第一号商品である、この「Model A」は、先に触れたように99万5000円と高額です。それでもあえて発売に踏み切ったのは、まずWHILLのブランドイメージを世に定着させるための戦術であると想像できますね。
(電気自動車メーカーの米国・テスラが採った手法に似ています。テスラも第一号モデルは超高価なスポーツモデルで、その後にセダンを投入しました)

2017年の「Model C」は45万円という価格設定であり、ここからがまさに同社の勝負どころでした。「Model A」ほどではないにせよ、やはりスタイリッシュなデザインで、iPhoneとも連携しています。
オムニホイールも、もちろん採用していますから、段差にも強い。発売直後から大きな反響があり、北海道からわざわざ上京して「Model C」の現物を確かめに来る人がいたほど、とも聞きました。

小さな市場規模ではあったが…

ここで思うわけです。どうして既存のメーカーは、2つのバリアを突破するような電動車椅子を作ってこなかったのでしょうか。ユーザーの切実な声に気づかなかったからなのですかね。

「いや、既存メーカーは気づいていたと思いますよ」

それでも新しいタイプの電動車椅子の開発に着手しなかったのは、私が考えるに、大きな市場性がそこに見出せないと踏んでしまっていたからではないか。
統計数字だけを読み込めば、確かにそう判断するのも致し方ないかもしれませんね。国内でわずか2万台規模なわけですから、開発マインドが膨らむとはちょっと思えない。

でも、WHILLの設立メンバーは、そうは考えなかった。「わずか2万台規模に留まっている小さな市場である」と結論付けてしまうのではなくて、「なぜ2万台規模に留まっているのか」に着目したわけですね。必要な人はもっともっと多いはず(一説には国内だけで1000万人弱のニーズがある、とも)なのに、たった2万台というのには、何か理由があるはずだ、と。

そして、その理由を2つのバリアにあると見出し、さらには試作モデルを作るだけで満足してしまうのかという声に応えて、実際に起業するに至った。
このWHILLの事例が雄弁に物語るのは……「統計数字だけでは見えてこないものがある」という厳然たる事実、まさにそれだと私は感じました。

売れるべきはずのものがなぜ売れていないか。その点に着目する作業は、なにも電動車椅子に限った話ではなくて、あらゆる商品分野で必要なことではないでしょうか。
「Model C」は日本国内だけで反響を呼んだわけではありません。北米そして欧州市場でも、すでに販売を開始しています。

自動運転システムも導入へ

ちょっと話を変えます。以前、マーケティングを研究している先輩と、こんな会話を交わしたことがありました。世界の自動車産業が電気自動車をめぐって覇権争いする時代に入りましたが、日本の陣営はどこに勝機がありそうか……。

私たちの推論はこうでした。電気自動車の規格策定では欧州勢の力が強いだろう。米国勢は交通システムも含めた部分で勝負をかけてくるはず。中国・インド陣営は安価な電気自動車で攻勢をかけてきそうだ。ならば日本は?

「軽自動車よりもコンパクトな超小型モビリティ分野に可能性があるかもしれない」とうなずき合いました。コンパクト・高機能・好デザインというのは、日本の“得意科目”ですからね。

本題に戻します。WHILLの最高経営責任者に、「『Model A』や『Model C』って、端的に言えば、どういう存在なのでしょうか」と尋ねたら、こんな答えが返ってきました。 「1人乗りの『乗り物』です。言ってみれば、新しいカテゴリーを創るくらいの気持ちでいます」 なるほど。WHILLの電動車椅子とは、つまり単なる電動車椅子ではなくて、「最も小型である電気自動車」と定義することができるわけですね。

その言葉通りだなあ、と感じさせるニュースが入りました。現在(2019年1月上旬)、米国のラスベガスで開催中のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で、WHILLが、「Model C」をベースに使った自動運転システムを発表しました。

どういうものか。同社の説明が明快なので、引用しますね。

「まるで歩道のUberのように、呼び出すと迎えに来てくれ、乗り捨てたら自動で帰っていく。自動停止機能付きで初めての人でも安心」

WHILLが想定しているのは歩道領域での自動運転システムです。それは公道上だけでなく、例えば、空港の中、あるいは商業施設の中で、歩行が大変な人をサポートしてくれる仕組みです。

広い空港内での移動って、お年寄りなど本当に大変じゃないですか。そんな場面で、WHILLの電装車椅子を呼び出すと、その位置まで無人の電動車椅子が自動で来てくれて、さらに目的の場所(搭乗口や窓口など)まで運んでくれる。
乗り終えた後は、また自動で回送されていく……そんな感じですね。

自動運転システムの実用化といえば、電気自動車の生産・販売と並んで、自動車産業にとって極めて重要であり、技術開発でしのぎを削っている分野です。
こうして日本発のベンチャー企業が、「最も小さな電気自動車」を活用して、しかも「自動運転システム」の開発に注力しているという話、とても痛快に感じられました。

WHILLのこの展示内容、今回のCESにおけるAccessibilityカテゴリーの最優秀賞を獲得したそうです。
それもこれも、ですよ……。自主勉強会に過ぎなかった時代に「国内わずか2万台」の背景にしっかりと斬り込んだ場面から始まった快進撃ではないか、と思うのです。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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