1. Specialist Cloumn
  2. マーケティング強化
  3. 2019.02.20

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第17回)
それは「誰のための商品」なのか?(根津松本)


前回、地方都市のショッピングセンター再生の話を綴りましたが、今回は1軒の専門店がテーマです。

常識破りに見えて、実はそうとも言えない。富裕層を対象にしているように思わせるが、実のところは決してそうではない。そしてなにより、逆風が吹いていると捉えられがちな業態なのに、実際には繁盛を極めている……。
今回の事例はきっと、商いを営む方だけでなく、ものづくりに携わる皆さんにもヒントとなるのではないかと思います。

小さな鮮魚店の話なんです。

東京の根津という下町にある、わずか10坪の店舗。売り場にいたっては3坪しかありません。繰り返しになりますが、鮮魚店ですよ。

「根津松本」という名の店です。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、店主の奮闘を取り上げられたこともありますから、根津松本のことをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。

専業の鮮魚店受難の時代、2007年に開業した鮮魚店です。開業初期の売上高は約5000万円。1日に訪れる客は20人程度で、そのうち実際に購入する客は半分くらいに過ぎなかったといいます。
それが現在では、売上高は1億8000万円あまり。1日の客数は50人ほどとなり、そのほぼすべての客が購入して帰ると聞きました。「1日に60万円の売り上げ」というこの数字、売り場面積わずか3坪で達成しているという話ですよ、念のため。

しかも、客は根津の近隣からだけではなくて、都内全域、いや全国から訪れています。わざわざどうして?

鮭の切り身ひとつが2000円

ページ冒頭の画像に目を凝らしていただけますでしょうか。

鮭の切り身ひとつが2000円。タチウオの切り身は2500円。なんだこれは!と普通は驚きますよね。刺し身を盛り合わせてもらったら、物にもよりますが5000~1万円はします。バブル期でもあるまいし、と感じても仕方のない値付けに思えます。

こうした魚介、いったいなんなのか。この根津松本が店のショーケースに並べているのは、その日の「一の線」に絞っているという話です。

一の線というのは、魚を扱うプロの間に定着している用語で、「極上のそのまた極上」を示すものです。トップ オブ トップということですね。普通、そうした魚介は、東京でいえば、ごく限られた、1人の予算が3万円を超えるような最上級の飲食店(例えば銀座などの鮨屋ですとか、赤坂あたりの料亭ですとか)だけが仕入れることができるというのが常識です。
ところが、私のような一般庶民が目にすることさえできない、もっというと、その存在すら知ることのできないような魚介が、ここ根津松本に行けば購入できるという、まあ、奇跡のような話なわけです。

うちは4人家族なんですが、もし仮になんとか頑張って超高級料理屋を訪れたとすると、4人で10万円は下りませんね。私には無理です。根津松本で購入すれば、4人分1万円ちょっとで、一の線の魚介を口にすることができる。もちろん、それでも贅沢ではあるんですが、私のような者でも、たまには奮発してみたいと思わせます。

つまりこの店は、決して富裕層向けの一軒ではないんです。食に貪欲な消費者を惹きつけてやまないということ。そこが実に面白いところです。

なぜ、一の線を仕入れられる?

それにしても、です。なぜ平均客単価が1万円を超える鮮魚店が、景気動向にかかわらず持続し得るのか、そしてなにより、なぜ一の線を仕入れ続けられるのか。不思議ですよね。

先ほどお話ししたように、市場に運ばれる(東京でいえば豊洲です)たくさんの魚介のなかでも、一の線というのは、ごくごく限られた数しかありません。

「本来は、すべて『行き先が決まっている』魚介なんですよ」


根津松本の店主はそう解説してくれました。どういうことか。一の線の魚介は数が限られているだけに、仲卸との付き合いの長い、かつ、業界内外の信頼の高い店舗くらいしか、買いつけることができないのです。つまり、一の線の魚介というのは、私たち一般消費者が目にできないだけでなく、本来は「特別な店舗」(超高級な料理店などですね)しか触れることのできない存在ということ。

「一の線というのは、だから、仲卸を訪れたところで、表にも出ないし、僕らも見ることすらできないものだったんですよ」


では、2007年開業の根津松本は、どうやって一の線を仕入れることができたのでしょう。

市場での、ごくごく密かな動きを見逃さなかった、というのです。毎朝、仲卸の様子を注意深く観察していると、なんだこの魚介は、という存在が、ちらりと目に入ってくる。ただし、最初に気づいて、「それを売ってください」と頼んでも、それは無理な話でした。仲卸から「持っていっていいよ」と言われるまで、実に3年かかったといいます。その間、根津松尾との店主は諦めませんでした。

ただ単に、粘り強く、仲卸に頼み込んだだけではありません。その3年間、値段のことをとやかく言わず、仲卸たちとの関係構築に勤しんだそうです。

3年後、最初に卸してもらえた一の線は、1尾3000円相当のアジでした。

「おそらく仲卸の側にしてみれば、『歴史のない小さな鮮魚店がこんな高価なアジを仕入れても持て余してしまって、扱うのは無理だったと諦めるだろう』と踏んだのでしょうね。それで、一度だけ持っていってごらん、となった」


そして、実際のところ、持て余したそうです。売れなかった。

では、根津松本はここで諦めたのか。

「買い続けましたよ。一度ひらいた扉を閉じてはいけない、と肝に銘じました」

その価値を客に伝え続けた

いや、しかしですよ。売れないものを仕入れ続けていては、商いを失敗に導いてしまいます。それも超高価格帯の一の線での話です。大丈夫だったのでしょうか。

「仕入れ続けなければ、商品の独自化への道はついえてしまいます。だから、歯を食いしばって毎朝仕入れて、その価値を毎日、うちを訪れるお客さんに伝え続けました。一度食べてみてください、と」


一の線のアジは、徐々に捌けていきました。その次は?

「タチウオでした。かつて勤めていた鮮魚店からの独立を決意したのも、いつか極上のタチウオを扱いたいという思いがあったからなので」


初志貫徹したのですね。冒頭の画像にもある通り、1切れ2500円ほどします。

おそらく、こうして根津松本は、目指すところをぶらさずに進んだから、今の繁盛があるのでしょうね。方針を曲げなかったから。好循環を生めるところまで歩むことができた。

次第に評判が評判を呼んでいきます。「根津まで行けば、とびきりの魚介が手に入る」と……。それはリーマンショック後の不景気が襲っていた時期でしたが、そうした不況の環境をものともせず、根津松本は客数を増やしていきました。

いや、不況だからこそ、かもしれませんね。超高級な料理屋にはまず行けない状況だけれど、自らの舌を満足させたいと考えたら、根津松本で魚介を買って、自宅で食べることを選びますから。そうすれば何分の一の出費で済みます。しかも、時代が「自宅回帰」の潮流を示していたころです。根津松本は、方針を曲げなかったからこそ、そうしたトレンドをも掴むことができたのでしょう。

「1万人に1人」の商いを志向

念のため、根津松本の店主に聞きたいことがあります。こう価格帯の鮮魚店が持続し得る確信はあったのでしょうか。

「鮮魚店が生き残るためには『10人のうち5人に好かれる』商いではいけない、と考えました。『1万人のうち1人に好かれる』商いを目指さないと……」


なるほど、と膝を打ちました。これ、ベンチャーウイスキーの話に通じるものがありますね。たとえ業界全体としては落ち込みを続けていたとしても、小規模事業者にとってみれば、そこに商機を見出すことは十分に可能、ということ。ベンチャーウイスキーの場合、国内ウイスキー市場は冬の時代というべき厳しい環境にありましたが、それでも街場のバーにはシングルモルトを愛好する客が少なからず存在し、ここに向けた優れた商品を作り上げれば、ビジネスは成立すると状況分析しました。

根津松本でいえば、誰もが普段使いする鮮魚店になるより(それであればスーパーマーケットで事足ります)、独立した鮮魚店として存在感を放てば、魚介をこよなく愛する消費者が振り向いてくれると判断したわけです。商いの規模を考えると、薄利多売型は成立しにくいのですから、「あえてここまで訪れたくなる」という品揃えを貫徹することは、賢明な選択と言っていい。そして、長い時間をかけてでも、仲卸から一の線を仕入れられる状況づくりに専心したということ。

万人を追わない、というのは小規模事業者への大きなヒントになる考え方ですね。

客が知らなかった魚を

根津松本の功績は大きい、と私は思います。そもそも、少なからぬ消費者が知らなかった魚介を、ショーケースに毎日並べてくれているわけですから。まさか一の線の魚介を鮮魚店で普通に購入できるとは、考えてもいなかったに違いありません。繰り返しになりますが、一の線の存在すら知らないわけですし。

もうひとつ重要な部分は、根津松本が「自己満足の仕入れ」に終わらなかった点です。ただただ一の線に拘泥するのではなくて、それらを仕入れたうえで、来店客にその価値を地道に伝え続けています。だからこそ、客は、この小さな鮮魚店が一の線を並べる意味に気づき、さらに一の線のとびきりの美味しさを知るわけです。消費者が知らない部分に斬り込み、さらにはそれを伝えることで、消費者ははじめて「そうそう、こんな商品が欲しかった」と意識することができるんですね。説明を厭わないという姿勢が大事であると、改めて感じ入りました。

根津松本の店主はいいます。

「一の線の魚介を、超高級料理店が持っていくばかりの状況でいいのか。それと同時に、街の鮮魚店が生き残るにはどうしたらよいか。この2つの自問を重ねた結果、今のような品揃えの形にたどり着きました」


銀座の鮨屋よりいいものがここにあるなんて……。今も、何人もの客がそう驚くといいます。それを果たし続けていることができる要因は「時間」にあった、と言い換えることもできますね。仲卸から一の線を卸してもらうまで、粘り強く時間をかけた。そして、そうした一の線をしっかりと販売しきれるように、時間を使って来店客に価値を説明し続けた。

生き残るための商品企画とはなにかを考えるうえで、根津松本の取り組みは参考となるところが多いはず、と私には思えます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 

北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

あわせて読みたい