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  3. 2019.03.06

実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第18回)
「…のように」ではなくて「…を超える」(IBUKI)


今回のテーマ、2つのことをお許しください。

1つめ。私自身が取り組んでいるプロジェクトの話であるのをご容赦願います。地方のごく小さなメーカーと手を携えて、自社ブランド製品を始めて作るための手伝いをしている、その中身のご報告です。

2つめ。今まさに進行中の事案であり、実を結ぶかどうかはこれからにかかっている状況です。

それでも、どうしてこの連載コラムで綴るかといいますと……。現在進めていることを通して、私は改めて、中小事業者の商品開発にとって必要な視点を整理できました。その内容をみなさんとぜひ共有したいと思ったのです。

私が今、新製品開発で協業している企業のひとつにIBUKIがあります。山形県の河北町にあり、従業員数は60人あまりです。金型をつくり、プラスチック成型までをこなす、創業80年超のメーカーなのですが、昨今の厳しい競争にさらされるなかで、いっときは倒産の危機に見舞われたといいます。

でも……この会社、小さいけれど実力はあるんです。

アルミを超えるプラスチック?

まずは、上の画像をご覧いただけますでしょうか。

この画像は、ソニーからの依頼で開発・製造した、ブルーレイディスクレコーダーの筐体です(本体外側の箱ですね)。ごくごく細かなヘアラインが美しく、ソニー側から「アルミよりもアルミっぽい」と驚かれたと聞きます。

これ、金型から成型したプラスチック、そのまんまだというのですね。つまり、後から加工や処理を施すのではなくて、成型したらもうその時点で、これだけの風合いの製品が出来上がっている。「加飾」という技術だそうで、世界でも有数の手法をものにしているらしい。それだけ、IBUKIの金型製造の技はすごい、という話です。

これだけの独自技術を持っている会社でも、倒産の危機に直面するのだから、ビジネスというのは本当にシビアと感じざるをえません。

初めての自社ブランド製品を…

私がIBUKIと出会ったのは、昨年(2018年)夏のことでした。

「この技術を生かして、一般消費者にも使ってもらえるような製品づくりを果たしたいんです」


それがIBUKIからの依頼でした。BtoBのビジネスは在庫のリスクはないし、発注側からの要求に応えようと頑張るなかで作り手としての実力を上げられるというメリットは大きい。その一方で、製品の仕様決定権や価格決定権はまずない。同社はもちろん今後も、BtoBのビジネスを中心になしていくでしょうが、一般消費者がIBUKIというメーカーを認知でき、しかも仕様と価格を自ら決定できる自社ブランド製品を手掛けたいという気持ちはよくわかります。社員のモチベーションが高まるでしょうし、何よりIBUKIの類稀な技術を世に知らしめる効果も期待できます。

私はこの依頼を受けて、すぐその場で、IBUKI側の経営陣と現場社員に言いました。初めて顔を合わせた第1回の会議の時点で、これは!とひらめきました。私が提案したのは……。

「ガラス製のものをはるかに超える、プラスチック製のグラスを開発しましょう」

既存商品への「怒り」が原点に

なぜ、プラスチック製のグラスなのか。その説明をする前に、ちょっとだけ話が横道にそれること、恐縮です。

私、プラスチック製のグラスに、ものすごく腹が立った経験があるんです。それも、そう遠くない過去に……。

それは、ハワイの超一線級リゾートホテルに滞在したときのことでした。年老いた親への孝行のために、なけなしのお金で無理して予約したのですけれど、プールサイドのバーでビールを注文しようとしたら……値段は1杯16ドルでしたので、これにチップを加えれば日本円にすると2000円はします。高いなあと思いつつ、それでもビールを飲みたいのでオーダーしたわけですが、運ばれてきたビールが注がれているグラスが、それはもうチャチなプラスチック製グラスなわけです。

2000円も支払って、しかもハワイを代表する一番手のホテルでこれかよ、と、興醒めしてしまいました。プールサイドなのでガラスが危険なのはもちろん心得ていますけれど、それにしても、もう少しマシなプラスチック製のグラスはないのか、と呆れたという話です。トップクラスのホテルでも、こうなのかと。

話を戻します。IBUKIとの最初の会議で、同社の加飾技術をこの目で見たとき、そんなハワイでの出来事をすぐに思い出しました。

だから、すぐさま言いました。ガラス製を超えるグラスを作ってしまいましょう。アルミを超えるほどの風合いの製品をプラスチックでものにできているなら、ガラスを超えることも視野に入れるべき、という提案です。

私はしばしば、さまざまな企業経営者から「商品開発の源泉にあるべきものは何でしょうか」と尋ねられます。その源泉のひとつとして確実に存在するのはまさに「怒り」だと思います。既存商品がこんなものでいいのか、という怒りですね。今回の提案は、私のそうした考えに則ったものです。

IBUKIのグラス開発が始まりました。

第2回の会議で、私、今度は次のようなことをIBUKIの社員に伝えました。

「『ガラスのような』をゴールにしては、絶対にダメですよ。『ガラスを超える』がゴールです」


ここが商品開発において、ときに極めて重要になるポイントと踏まえたからです。

もし、ガラスと同じようなものを作れたとします。まあ、それだけでもかなりの成果だとは感じますが、でも、ガラスと同じだったら、多くの人はガラス製のグラスのほうを選んでしまいますよね。細かな質感や透明度ではガラスに勝てない部分も出てくるでしょうし、だったらわざわざプラスチック製のグラスを選択する意味がない。

ガラスを超えないとダメなんです。

こう考えるうえで、IBUKIに対して、私が具体的に挙げたヒット商品があります。ガラス製グラスの名作である「うすはり」です。東京の松徳硝子が、それこそ技術の粋を生かし切って開発した、凄まじく美しく、また感動する飲み口のグラスですね。その姿は繊細で、グラスの縁は驚くほどに薄い。これでビールを飲んだら、相当に贅沢な時間をおくれると感じるほど……。もちろん私も何脚か所有しています。

ただ、この「うすはり」には泣きどころもある。あまりに繊細なグラスなので、使った後に洗うのが怖いんです。食器洗い乾燥機にかけるのは当然ですがご法度ですし。だから、普段使いするには、ちょっと躊躇してしまうのです。

これがもし、プラスチック製ならどうでしょうか。洗うのが怖いということはありませんね。また、製法次第では食器洗い乾燥機に入れても大丈夫なはず(もちろん、今回のプロジェクトではそこを目指しています)。

そしてここが大切なのですが、一般の家庭で普段使いできるだけでなく、先にお伝えしたようなホテルのプールサイドのバーでも採用される可能性が拓けてきます。

現場は最初ひるんだけれども…

「あの名作『うすはり』と同じような、ではいけませんよ。『うすはり』を超える、に目標を置かないと……」


会議を重ねるたびに、私はそう話しました。超えるためには、単に「うすはり」の仕様をコピーするような作業では実現不可能です(それに何より、名作「うすはり」を真似る姿勢では、「うすはり」に失礼ですからね。ビジネスとしての倫理も当然厳しく問われます)。

「うすはり」を超えるためには、まったく違うアプローチが重要なのは言うまでもありません。ただ、IBUKIの現場社員にとっては、いきなりそんなことを突きつけられても、戸惑いは隠せないようでした。自社ブランド製品の場合、開発の当初から、自らがコンセプトワークする必要があります。そうした仕事に携わってきていないわけですから、大変だったと思います。

それでも、現場社員は「プラスチック成型の強み」を意識しながら、キーコンセプト作りに邁進しました。その結果生まれたのが、2つ上の画像(手書き文字のある説明図)であり、すぐ上の画像です(これは3Dプリンタで製作した試作品です。実際の完成品はもちろん透明になります)。

ポイントはどこか。まず、プラスチック成型では、より自由な形状を可能にしますから、全体のシェイプを精査した。テーマは「グラマラスであること」。なまめかしさを指向しようとしました。さらに大事な飲み口(グラスの縁)は限界まで薄く加工する。これもプラスチックの強みを生かしました。そして、ビールの泡立ちの持続を追求するために鏡面仕上げを施し、また、屋外での使用を視野に入れてUVカットの機能も盛り込みました。ビールって、日光にさらされるとすぐに劣化し始めると聞いたので。

さらに、お客さんに購入してもらった後のことにも、思いを巡らせました。

プラスチック製のグラスというと、使い捨てのイメージが拭えない側面がありますね。もちろん、今回開発するグラスでは耐久性も考慮しますから、そんなことはないのですが、それでもガラス製のものに比べれば、表面に傷がつく恐れはあります。

それで実行に移そうと決断したのが、「磨きサービス」です。使っているうちに傷が気になってしまったら、IBUKIに送ってもらう。同社はそのグラスを研磨して、使う人の許に返送する。有料のサービスにはなりますが、商品化のあかつきには、こうした作業も実現させる計画を立てています。

使い捨てにしない、長く使ってもらうというのは、この時代、プラスチックメーカーの務めと考えたわけです。

そして、ホテルに攻め込む

みなさんにお伝えしている現時点では、IBUKIのグラス開発プロジェクトは進行のさなかにあります。最終試作版に向け、金型製作の途上というところです。

第1号としては、画像でもお見せしたビアタンブラーを、そして第2号としてシャンパングラスを……。どこでもためらうことなく安心して使えるシャンパングラス、欲しいじゃないですか。

「仕方なくプラスチック製グラスを」ではなくて「進んで手にしたくなるプラスチック製グラスを」というテーマを掲げて挑んでいるこのプロジェクトは、あと少しで完成を見そうです。

でもそこからですよね。実際に、どれだけの方に、このコンセプトの意味を共有していただけるか……。一般の消費者の皆さんに対してもそうですし、プロジェクトの出発点だったホテルにどれだけ採用してもらえるかがカギと思っています。

IBUKIの経営陣はいいます。

「もし、ホテルのプールサイドで、このグラスを使ってもらえるなら、下請け専業だった我が社にとっては、本来ありえない話が実現する」


だからしっかり取り組みたい、と力説していました。

このグラス、販売される段階になったら、その製品名を「IBUKI」にする予定でいます。大事な会社名をそのまま冠する、という話です。

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北村 森/商品ジャーナリスト
サイバー大学IT総合学部教授
(元・日経トレンディ編集長)

執筆者紹介文:

富山県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。

月刊誌「日経トレンディ」編集長を経て、2008年に独立。
以来、商品ジャーナリストとして活動。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析、地方自治体や商工団体と連携する形で地域おこしのアドバイザー業務に携わっている。
2015~2016年、第1回「だれかのために考えた発明品アイデアプロジェクト」(東大阪ブランド推進機構)の総監修を担当し、全国からの反響を呼ぶ。
著作である『途中下車』は、2014年にNHK総合テレビにてドラマ化された。
2017年にはサイバー大学IT総合学部教授に就任(地域マーケティング論)。

サンデー毎日「北村森の一生逸品」、婦人公論「女の気になるキーワード」、家電批評「北村森のヒット商品虎の穴」、FCC REVIEW「旗を掲げる! 地方企業の商機」などの連載コラム執筆に携わるほか、NHKラジオ第1「Nらじ」など、テレビ・ラジオ番組でのコメンテーター、ゲスト出演多数。

日本マーケティング協会 マスターコース講師(マーケティング・コミュニケーション)
MM総研大賞 審査委員
富山県 推奨とやまブランド ものづくり部会 審査委員
いばらき大使/いばらきイメージアップ大賞 審査委員

Introduction

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